猫眼鴉堂 絵本 NEKOMEKARASUDOU Picture book

HANA AKARI  はなあかり ネコノヨ絵本

0-19

1-19ぼんやりと、黒い灯りを見てた。

手にした黒い花が(白い花だった気もするのだが)ぼわんぼわんと黒く灯っているのを。
ここはどこだっけ?
さっきまでは分かっていた筈だけれど、今は思い出せない。
黒い花を持つ、黒い手をじっと見る。
この手は自分の手だろうか?
その筈なのだけれど自信が持てない。
こんな色をしている手だっただろうか?そもそもここはどこだっけ?
もう一度その疑問を思い浮かべる。
じっとそのことについて考える。
黒い花が明滅する。
頭の中に像が浮かんでくる。

湖水さんが、白い花を、宙に浮かべて、普段はあまり表情の変わらない湖水さんが、ちょっと驚いたような顔をしていた。
そして、あまいような風の匂いがして・・・

2-19折からの長雨がようやく上がった日、湖水さんはいつものように養生所で常連の猫たちと話していた。
ふと、みんなが申し合わせたように去り、入れ違いに虎猫が入ってきた。
旅に出ては珍しいものを運んでくる文目さんだ。

使い古した袋から淡く光る白い花を取り出す、その最中にも花は袋から宙に浮きでる。
「ほら、失はれる花だよ」となれた手つきで湖水さんが机に置いていた筒の中に入れた。
筒の中で花は軽くゆっくり浮き沈みしている。
土も水もなくても光のあたるところに置いておけばいい、と言って立ち去りかけて
「でも、気をつけるのだよ」とだけつけくわえて去った。

3-19夕方、一番星がまたたく頃、ひさが養生所の表に”閉所”の札をかけたとき、湖水さんはまだ椅子に座って筒から取り出した光る花をみていた。

花食い 消失2そしてしばらくすると、唐突に手に持っていた光る花をぱくりと口に含んだ。 「ふむ」
とひとつ呟いて……

花食い 消失2消失後2それっきりだった。

 

 


それっきり、というのは、湖水さんが「ふむ」と言ったあと、湖水さんの姿はもうそこにはなかったのだ。
ひさは、「湖水さん」と何度か呼びかけたけれど、返事はどこからも返らなかった。
ひさは自分の尻尾が激しく床を打ちつけているのは分かっていたけれど、止めることはできなかった。耳がぴくぴくと動き、前足を意味もなくあげてもてあました。
目の前で湖水さんが”消えた”ことを落ち着いて認めるにはすこしの時間が必要だった。

秋の夕暮れは急速に訪れる。窓から入ってくる光が弱まるにつれて筒のなかの白い花は
ぼんやりと光っているように見えた

6-19夜に染まる部屋のなかで、白い花はぼわんぼわんと明滅していた。
落ち着いて、すこし周りが見えるようになったひさは、花の入った筒を前足でちょんとこづいた。花はそれに反応するかのように明滅のリズムを変える。
すこしするとそれは元に戻り、ひさはまたちょんと、さっきとは反対の足でこづいた。
花はまた明滅のリズムを変える。
けれど、それだけで、湖水さんは消えたままだ。
あるいは、湖水さんがしていたように花を口に入れてみようかとひさは思うが、そのあと帰ってくる手立てが分からなかったら困る。

7-19とりあえず、ひとりで考えても分からないので、ひさは花の入った筒にふたをすると、それを背負って養生所をあとにした。

養生所の裏手にある用水路を下流へと駆けて行くと、白地に黒と山吹色の斑模様の家が見えてくる。絵描きの猫之江さんの家だ。
湖水さんの友達でもある猫之江さんなら何か分かるかもしれないと思ってひさはやってきたのだ。
事情を話すと猫之江さんはフームと一声唸って、さっぱり分からない、と言った。
「けれど、こういうことはきっと、音道くんが知ってたりするんだ」と言って、森の奥へ入る道を教えてくれた。

川を渡り、森へ入ると巻き貝の塔がある。
塔の左手へ行く道は何度か通ったことがあるが、右手の道は初めてだった。
空には星がチカチカとまたたき、ひさの背中ではそれに応えるように白い花がぼわんぼわんと光っていた。

8-19森はその天井いっぱいに枝先をひろげて、星の光もまばらにしか届かない。
すこしの光があれば見るにはそう困らないが、暗いというのはそれなりに心細くなる。
この森にはおばけが出るといううわさもあって、ひさは少しおっかなびっくりしながら猫之江さんに教えてもらったとおり森の奥へと進んでゆく。
そのうち突然、樹上から声がかかった。

「おや、珍しい音が聞こえるね」

ひさが耳をぴくぴくと動かして声のしたほうを見上げると木の枝の上から灰色の大きな猫が、光る目でひさを見下ろしていた。
一瞬ひるみかけたが、猫之江さんの「音道くんは大きな灰色の猫で、いつも樹の上にいるよ」という言葉を思い出して、その猫に問いかける。
「あなたが、音道さんですか?」
灰色の太くて長いしっぽがゆらりと揺れて応えが返る。
「いかにも。私は音道だが、小さなお嬢さん、いったいどんなご用かな」
「あの、この花を食べたら湖水さんが……あの、湖水さんというのは養生所の黒猫なんですが消えてしまったんです。それでその、湖水さんがどこに行ってしまったか
猫之江さんに聞いたらあなたが知っているかもしれないと」
ふむふむと、音道さんは目を閉じ、灰色しっぽをゆらしながらひさの話を聞いている。
花はあいかわらず、筒の中でぼわんぼわんと明滅している。

9-19音道さんの耳はぴくぴくと細かく動いて、まるで何かもっと小さくて繊細な音を聴く時のように集中している。
そして、なるほど、と遠くの方へ向けて呟くと、ひさにこう言った。
「湖水さんのことは知っていますよ。旧い友達です。
その花のことも知っています」
そこで音道さんはひとつ、ふーむ、と呟きました。


「耳を澄まし、正しく城の湖を下ることができれば、たぶん湖水さんはそこにいます」


ひさは目の前の心配の雲が薄れていくのを感じた。
いままで何をどうしてよいかわからなかったものが、ようやく道標ができたのだ。
「ありがとうございます。行ってみます」
ひさは最大の感謝をこめて”挨拶”をしたかったが、樹上の相手にそれは適わず、何度もお礼を言ってから、来た道を巻き貝の塔まで戻ってきた。
ちょうど夜がひげから星を散らしながらほんの微かな昼の名残を沈めて歩んでゆく。

城ならば何度か行ったことがある。
巻き貝の塔の左手に伸びる長い一本道を、ひたすらまっすぐに、ひさはただ走った。
背中では白い花がぼわんぼわんと光ってひさの軌跡はひとすじの光の帯となって見えた。

10-19思い出した。

 


黒く灯る花を持つ黒い手をじっと見つめて、ひさはようやく全て思いだした。

11-19ひさは養生所から消えた湖水さんを探しに、一縷の望みをかけて猫之江さんを訪ねた。
猫之江さんは自分にはわからないけれど音道さんなら知っているかもしれないと、音道さんのことを教えてくれた。
そして、音道さんに教えられたとおり城から湖の上へながくのびる途切れた橋の突端まできた。
音道さんは言った

「耳を澄まし、正しく湖を下れば湖水さんがいる、」

ひさは橋の突端で耳を澄す・・・
飛び込むのはこわいけど、ただ湖に入ればいいのならここに来なくてもいいし・・・・ また耳を澄ます・・・森の音が聴こえ、その音に集中するうちに、一瞬不安や心配からはなれて意識が研ぎ澄まされる・・・そして・・・ ・・・聴こえる

12-19「空にふみだせ」

声が聴こえたとたん、ひさは自然と空中に足をふみだしていた。
透明な橋が存在するように自然に歩いた・・・

後ろ足が空中にふみだすまで・・・

見えている景色が落下の速度でさかさまになる、

「落ちるっ」

と感じた瞬間、橋の裏側に着地する、湖面がきらめく壁のようにみえる。
ひさは湖へ下っていく。

13-19ぼわんぼわんと明滅する花は、黒い灯りとなってひさの足元の階段を照らす。
そしてそれはまだ下へと続いていた。
湖水さん、湖水さん、と念じながら、ひさは階段を降りてゆく。

周りでは、うっすらとした黒い影が漂ってはゆっくりと通り過ぎてゆく。
ときおり、こっちだ、こっちだ、と囁くような声も聴こえるような気がする。

14-19階下に目をやれば、水色の鳥居が見える。
そしてその根元に寄り添う白い猫の姿がだんだんと大きく、はっきりと見えていた。
本当は湖水さんは、真っ黒い毛並みをしている。
けれど、ここではきっと、あれが……

15-19ひさが階段を降りきって白い猫の前に立つと、その猫はほんの少し顔を逸らして、「うむ」と気まずげに言った。
その背後では尻尾が落ちつかなげに揺れている。
足元には一面の、黒い花が咲いている。
ひさが、背負っていた筒の中身を湖水さんに渡そうと、ぼわんぼわんと灯る花を取り出すと、まるでその灯りが移るかのようにぼわんぼわんぼわんと辺り一面の黒い花
が明滅をはじめ、そして…… そして。

ひさも湖水さんも、その光景に見入った。

 

 

 

 

16-19ぼわんぼわんと灯る花が浮き上がり、宙にあがってゆく。
何百、何千という黒い花。
その黒い灯りがいっせいに宙に舞う。
思いがけない光景に、ひさの中のひどく懐かしい何かが反応して思わず手を伸ばすけれど、光はそれをすり抜けてただ上へ上へとのぼってゆく。
黒い灯りが、だんだんと薄くなり、白く、まばゆく……

17-19光が密になって濃くなる眩しさに思わず目を瞑ると、ゆらりと体が浮き上がるような感覚があり、気がつくと、降りてきた階段のはじまり湖の上に、ひさと湖水さんは
そろって座っていた。

湖水さんは黒猫に戻り、ひさも元のお日さま色に戻っていた。

ふたりとも落ち着くために足や首の後ろを舐め、そして顔を見合わせてすこし笑った。
湖水さんを探して長い道のりを来たけれど、今はもう戸惑いや不安ははるか遠くになって、胸はなにかあたたかいもので満たされていた。

18-19

「ありがとうございました。」 帰り道、「ふむ」と言いながら湖水さんは教えてくれた。

「あの花はある時期だけ、城の湖の底にしか咲かない珍しい花なんです。食べると花の咲いていた場所に連れて行って、運が良ければ願いをひとつ叶えてくれるのですよ」

「私は迷っていました。あの花の力で願いを叶えてしまってよいのか・・・
それで喜べるのか・・・
そこへあなたが来てくれました。
あなたの強い願いに花の力は吸着され、その力は行使されようとしました。
しかしあなたの願いはあなた自身の力で叶うところだった、だからあなたは何も失わずに花の力だけを解き放った。
そしてあなたのおかげで私の本当の願いもそこなわれること無く救われました。
あの時、花の力で願いを叶えていたら私は本当に消えていたでしょう。そして気付きました、私の本当の願いは・・・」

 

「自分の力で立ち、自分の力で歩き、自分の力で願いを叶えることなのです。」

 

 

いつのまにか空からふわりふわりと白いものが降ってきて、それはまるであの花の灯りが天までのぼって、ふたたび降りてきているかのようだった。

おしまい